2014年11月19日水曜日

24. 松嶋(夜)

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【現代読み】
雄嶋(おじま)が磯(いそ)は地続(ちつづ)きて 海に出(いで)たる島也。 
雲居禅師(うんご・ぜんし)の別室の跡、 坐禅石(ざぜんせき)など有り。 
(はた)、松の木陰(こかげ)に世を厭(いと)う人も稀々(まれまれ)見え侍(はべ)りて、
落穂(おちぼ)・松笠(まつかさ)など 打ち煙(けぶ)りたる草の庵(いおり)
(しず)かに住みなし、いかなる人とは 知られずながら、
(ま)づ なつかしく立ち寄るほどに、 
月 海に映(うつ)りて、 昼の眺め 又 改(あらた)む。
 
江上(こうしょう)に帰りて 宿を求むれば、 
窓を開き 二階を作りて、
風雲の中に 旅寝(たびね)するこそ、
あやしきまで 妙(たえ)なる心地はせらるれ。

 松島や 鶴に身をか(借)れ ほとゝぎす  曾良

(よ)は口を閉じて 眠(ねむ)らんとして いね(寝)られず。  
旧庵を別るる時、 素堂(そどう) 松島の詩あり。 
原安適(はら・あんてき)、 松が浦島(うらしま)の和歌を贈らる。 
袋を解きて 今宵(こよい)の友とす。  
(かつ)、 杉風(さんぷう)・濁子(じょくし)が発句(ほっく)あり。

【語句】
雄嶋が磯: 歌枕として知られる小島。 実際は地続きではなく、赤い「渡月橋」で結ばれている。
雲居禅師: 禅僧。 伊達政宗が再興した瑞巌寺に住職として招かれるが三度断わり、政宗の死後にやっと瑞巌寺に入り、復興に努めたので中興開山と言われた。
別室の跡: 大淀三千風(おおよど・みちかぜ)の「松嶋眺望集」に、「把不住軒とて、雲居和尚禅堂あり」とある。
落穂・松笠など打ち煙りたる: 松笠は燃料、落穂は本来収穫から落ちこぼれた稲穂のことだが、ここではタダで手に入る燃料としての落ち葉ということでしょう。 薪のような良質の燃料ではないので、くすぶって煙が立ちこめている。
草の庵: これも「松嶋眺望集」に、「松吟菴とて道休者の室あり」とあるから、芭蕉が三千風の著書をガイドブックのように読んでいたことが分かる。

月 海に映りて: 松嶋は月の名所でもあり、芭蕉が「松嶋の月」を楽しみにしていたことは「序章」や兄宛ての手紙にも書かれている。
「曾良旅日記」によると、この日は旧暦九日で快晴だったから、半月よりも少し膨らんだ月が浮かんでいたはず。
窓を開き 二階を作りて: 「海に面して大きな窓があり、二階建てになっている旅館」―という解釈が一般的。 

予は口を閉じて: 「何も言わず」、つまり句作を断念して、ということ。 代わりに曾良作という句を載せているが、「曾良旅日記」や「俳諧書留」にこの「松嶋や ・・・」の句は出てこない。
『師のいはく、絶景にむかふ時は、うばはれて叶不(かなはず)。・・・師、まつ嶋に句なし。大切の事也』 服部土芳「三冊子」(黒冊子)
その服部土芳編「蕉翁文集」には、『島々や 千々にくだけて 夏の海』 という句が収められているとのこと。



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