2014年11月13日木曜日

30. 山刀伐(なたぎり)峠

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【現代読み】
(あるじ)の云う、
(これ)より出羽(でわ)の国に大山(おおやま)を隔(へだ)てて、
道 定(さだ)かならざれば、道しるべの人を頼みて越(こゆ)べき由(よし)を申す。 
「さらば」と云いて 人を頼み侍(はべ)れば、
究竟(くっきょう)の若者、 反脇指(そりわきざし)を横たえ、
(かし)の杖を携(たづさ)えて、 我々が先に立ちて行く。 
今日こそ必ず 危(あや)うき目にも遭(あ)うべき日なれと、 
(から)き思いをなして 後について行く。 

(あるじ)の云うに違(たが)わず、
高山森々(こうざん・しんしん)として 一鳥(いっちょう)声聞かず、 
木の下(このした) 闇茂り合いて、 夜行(よるゆ)くがごとし。
雲端(うんたん)につちふる心地(ここち)して、 篠(しの)の中 踏み分け踏み分け、
水を渡り 岩に蹶(つまづ)いて、 肌(はだえ)に冷たき汗を流して、
最上(もがみ)の庄に出(い)づ。
 
かの案内(あない)せし男(おのこ)の云うよう、 
「この道必ず不用(ぶよう)の事有り。 恙(つつが)のう送りまいらせ 仕合(しあ)わせしたり」 
と、 喜びて別れぬ。 
後に聞きてさえ、 胸とどろくのみ也。

【語句】
山刀伐(なたぎり)峠: 山形県の最上町と尾花沢市を結ぶ峠道で、「おくのほそ道」の難所の一つ。 
さらば」(されば)と云いて: 「それなら」、「それでは」と言って。
究竟(くっきょう): 現代なら「屈強(くっきょう)」で、力の強いこと。 
(現代の漢和辞典での読みは「きゅうきょう」で、意味も「畢竟(ひっきょう)」と同じ「結局」となっている)

雲端につちふる: 杜甫:『已入風磑霾雲端』「已(すで)に風磑(ふうとう)に入て、雲端(うんたん)に(つちふ)
「既に風の挽き臼(砂嵐)に巻き込まれてしまい、雲の上から巻上げられた土埃が(雨の様に)降って来る」

「曾良旅日記」によると、「十七日 快晴。堺田を立つ。・・・一ばね(刎)と云う山路にかかり、此の所に出。堺田より案内者に荷持たせ越す也。・・・関屋とやら云う村也。正厳~尾花沢の間、村有り。是、野辺沢へ分る也。正ごんの前に大夕立に逢。昼過ぎ、清風に着き、一宿す」―とある。

不用(ぶよう)の事有り: 「不用」は「不用心」ということで、山賊などが出て害を及ぼすこと。
(つつが)なく: 何事も無く、無事に。 
仕合(しあわ)せしたり: 幸(さいわ)いでした。




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