2014年11月6日木曜日

37. 月山(六月八日)

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【現代読み】
八日、 月山(がっさん)に登る。
木綿注連(ゆうしめ) 身に引きかけ、
宝冠(ほうかん)に頭(かしら)を包み、 強力(ごうりき)と云う者に導かれて、
雲霧山気(うんむ・さんき)の中に、 氷雪(ひょうせつ)を踏みて登る事八里、
更に日月行道(じつげつ・ぎょうどう)の 雲関(うんかん)に入るかと怪しまれ、
息絶え 身凍えて 頂上に至れば、
日没して 月顕(あらわ)る。
笹を敷き、 篠(しの)を枕として、臥(ふ)して明くるを待つ。
日 出(い)でて雲消ゆれば、 湯殿に下(くだ)る。

谷の傍(かたわ)らに鍛冶小屋(かじごや)と云う有り。
此の国の鍛冶、 霊水を撰(えら)びて、
(ここ)に潔斎(けっさい)して剣(つるぎ)を打ち、
(つい)に「月山(がっさん)」と銘(めい)を切って 世に賞(しょう)せらる。
(か)の龍泉(りょうせん)に剣を淬(にら)ぐとかや。
干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)の昔を慕(した)う。
道に堪能(たんのう)の執(しゅう) 浅からぬ事知られたり。

【語句】
八日: 現在の7月24日。 「曾良旅日記」では六日に月山、七日に湯殿山に登っている。
月山(がっさん): 出羽三山の主峰で、海抜1980m.。 山頂に月山神社がある。
木綿注連(ゆうしめ): 木綿で編んだ紐か、紙で作ったコヨリで輪状の注連(しめ)を作り、首にかけるもの。月山に登る者は、登山前の潔斎から下山まで、修験袈裟としてそれを掛ける慣わしであった。
宝冠(ほうかん): 頭を包む白い木綿布で、山伏頭巾の一種。 これも月山へ登る行者の装い。
強力(ごうりき): 修験者の弟子で、登山者の道案内や荷物を運ぶ、ガイドのような者。

氷雪を踏みて: 325年前の月山には、夏でも多量の残雪があったことを示す貴重な資料となっている。
日月行道の雲関: これも芭蕉の造語らしく、日や月が運行する通い路にある雲間の関所、くらいの意味でとらえられている。
日没して 月顕る: 旧暦の八日なら明るい半月が中天近くに出ていたはずで、あえて「八日」と設定したのかも。
笹を敷き、篠を枕として: 「曾良旅日記」によると、「先ず、御室(月山権現)を拝して、角兵衛小屋(山頂の泊り小屋)に至る」とあり、地べたに直接笹を敷いて寝た訳ではない。それでも夜具の無い山小屋では、かなり寒かったはず。

湯殿に下る: 湯殿山は標高1500m.で、その麓にある湯殿山神社までは二里余りだから、二時間ほどの道のり。
鍛冶小屋と云う有り: 芭蕉の頃は遺跡だけで、実際の鍛冶は行われていなかった。
潔斎(けっさい): 冷水を浴びて身の穢れを清めること。 ここでは刀剣を鍛える前に行う神事。
月山(刀剣): 鎌倉から室町時代にかけて活躍した刀鍛冶の一派。
龍泉(りょうせん): 中国湖南省にあったとされる、剣を鍛えるのに良いとされる水の湧き出る泉。
(にら)ぐ: 熱した鋼(はがね)を水で冷やして鍛える、いわゆる「焼き入れ」。
干将(かんしょう)・莫耶(ばくや): 中国の故事に出てくる雌雄の名刀で、それを鍛えた夫婦の名でもある。これには諸説あって、芭蕉がどのエピソードを指しているのかは分からない。 詳しくはリンク先まで。
堪能の執: 「堪能」は「上手」なこと。 「執」は「執念」の略。

「曾良旅日記」
六日: 天気吉。 登山。 三里、強清水((こわしみず:四合目)。二里、平清水(ひらしみず:六合目)。二里、高清水(七合目)。是迄は馬足で叶う道(人家、小屋掛け也)。弥陀原(八合目)、小屋有り。中食す。(是よりふだら〈補陀落〉、にごり沢、御浜池などと云へかける也)。難所成り。御田有り。行者戻り(九合目付近:行者が月山権現に押し戻されたという伝説がある)、小屋有り。申の上刻(午後4時前後)、月山に至る。先ず、御室(月山権現)を拝して角兵衛小屋に至る。雲晴て来光無し(陽光を背にして立った時、雲に映る自分の影の周囲に環が現れる現象)。夕には東に、且(朝)には西に有る由也。
七日: 湯殿へ趣く。鍛冶やしき、小屋有り。

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