2014年11月2日日曜日

41. 象潟・蚶満寺(六月十七日)

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【現代読み】
此の寺の方丈(ほうじょう)に座して 簾(すだれ)を捲(ま)けば、 
風景一眼(ふうけい・いちがん)の中(うち)に尽きて
南に鳥海(ちょうかい) 天を支え、 その影映(かげ・うつ)りて江(え)にあり。
西は有耶無耶(うやむや)の関 路(みち)を限り、
東に堤(つつみ)を築きて 秋田に通(かよ)う道 遥(はる)かに、海
北に構(かま)えて 波打ち入る所を 汐越(しおこし)と云う。

江の縦横(じゅうおう)一里ばかり、 俤(おもかげ)松嶋に通いて又異なり、
松嶋は笑うが如(ごと)く、 象潟(きさがた)は憾(うら)むが如し。
寂しさに悲しみを加えて、 
地勢(ちせい) 魂を悩ますに似たり。

 象潟や 雨に西施(せいし)が ねぶの花

 汐越(しおこし)や 鶴 脛(はぎ)ぬれて 海涼し

【語句】
此の寺: 干満珠寺(前出)。
方丈(ほうじょう): 1.一丈四方の広さ。 2.(仏)寺の表座敷。
簾を捲けば: 垂れ下げてある簾(すだれ)を捲き上げて、外が見えるようにすること。 詩文では眺望を叙述する際の慣用句として使われることが多く、自分で簾を捲いた訳ではなさそう。

南に鳥海 天を支え その影映りて 江にあり: 雄大な鳥海山の姿が、象潟の入江に逆さに映っているという風景で、航空写真などを見ると当時の様子が想像できる。→ 画像
「南」は実際には「南東」、「西」は「南西」、「東」は「東北」、「北」は「西」が正しいようだが、芭蕉は正確な旅行ガイドを作っているのではなく、東西南北の文字が揃って互いに響きあっている方が文学的には重要なはず。
有耶無耶(うやむや)の関: 原文では「むやむや」、曾良旅日記では「うやむや」となっているが、それでは分かりにくいので現代表記に直しておいた。 当時既に関所は無く、「曾良旅日記」(前述)でも単なる「関」という村の名として残っていただけのようである。
汐越(しおこし): 海の水が象潟の入江に流れ込む辺りの地名で、「曾良旅日記」では「塩越」となっている。

(おもかげ)松嶋に通いて又異なり: 芭蕉は松嶋を美人に譬(たと)えて、「その気色(けしき)窅然(ようぜん)として、 美人の顔(かんばせ)を粧(よそお)う」―と表現しているが、明るい太平洋側の松嶋を「陽」とすれば、三日間雨に降られた象潟を「陰」として対比させたとしても仕方の無いことかもしれない。 やっと晴れたのは、実際は象潟を旅立つ四日目の朝である(「曾良旅日記」前章参照)
地勢: 土地の状態、地形。

西施(せいし): 中国の伝説の美女で、「西子」とも。 病んだ胸を押えて憂いに沈む姿さえ美しく見えたので、その様子を他の女が真似をしたという逸話がある。 
この日は朝から好く晴れて、鳥海山も入江にくっきりと影を映しているはずであるが、芭蕉にとっての象潟はあくまでも「雨」(陰)のイメージなのでしょう。
ねぶの花: 合歓木(ねむのき)の花。 夏に咲く花で、淡い紅色の長い雄しべが花のように見える。 葉の形はオジギソウに似ており、夜になると葉を閉じることから、「ネム」や「ネブ」と呼ばれている。

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