2014年10月16日木曜日

45. 市振・朝(七月十三日)

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【現代読み】
(あした)旅立つに、 我々に向かいて、
「行方(ゆくえ)知らぬ旅路(たびじ)の憂(う)さ、 あまり覚束(おぼつか)のう
悲しく侍(はべ)れば、 見え隠(がく)れにも御跡(おんあと)を慕(した)い侍(はべ)らん。
(ころも)の上の御情(おんなさけ)に 大慈(だいじ)の恵みを垂(た)れて、
結縁(けちえん)せさせ給(たま)え」 と、泪(なみだ)を落とす。

不憫(ふびん)の事には侍(はべ)れども、
「我々は所々(ところどころ)にて とどまる方(かた)多し。
ただ人の行くに任(まか)せて行くべし。
神明(しんめい)の加護 必ず恙(つつが)なかるべし」 と、
云い捨てて出(い)でつつ、 
(あわれ)さ しばらく やまざりけらし。

 一家(ひとつや)に 遊女も寝たり 萩(はぎ)と月

曾良に語れば、 書き留(とど)め侍(はべ)る。

【語句】
曾良に語れば、書き留め侍る: 「曾良・旅日記」にはそうした記述は一切無い。 俳句も「俳諧書留」には見当たらないので、この遊女の物語は芭蕉の創作であろうと言われている。

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