2014年10月9日木曜日

52. 全昌寺

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【現代読み】
大聖持(だいしょうじ)の城外、 全昌寺(ぜんしょうじ)と云う寺に泊る。
(なお) 加賀の地なり。
曾良も前の夜 此の寺に泊りて、

 終宵(よもすがら) 秋風聞くや 裏の山

と残す。 一夜(いちや)の隔(へだ)て、 千里に同じ。
(われ)も秋風を聞きて 衆寮(しゅうりょう)に臥(ふ)せば
(あけぼの)の空近う、 読経(どきょう)の声澄むままに、
鐘板(しょうばん)鳴りて 食堂(じきどう)に入る。

今日は越前の国へと、 心 早卒(そうそつ)にして 堂下(どうか)に下(くだ)るを、
若き僧ども 紙硯(かみ・すずり)をかかえ、階(きざはし)の下まで追い来たる。
折節(おりふし) 庭中(ていちゅう)の柳散れば、

 庭掃きて 出(いで)ばや寺に 散る柳

とりあえぬ様(さま)して、 草鞋(わらじ)ながら書き捨つ。

【語句】
大聖持: 現在の加賀市大聖寺町で、当時は城下町。
全昌寺: 曹洞宗の寺。 山中温泉・泉屋の菩提寺ということで、おそらくその紹介で同じ寺に泊ったのでしょう。

(なお)加賀の地なり: 全昌寺は加賀(石川)の西、越前(福井)との境近くにあり、次の目的地の「汐越の松」からは越前となる。
終宵(よもすがら): 現在なら「終夜」か「夜もすがら」で、「一晩中」、「夜通し」。
一夜の隔て、千里に同じ: 同じような表現として、蘇軾の詩「頴州初別子由」(頴州にて初めて子由に別る)に、
近別不改容  近き別れは 容(かたち)を改めず  (近くへの別れなら 顔色を変えないが)
遠別涕霑胸  遠き別れは 涕(なみだ)胸を霑(うるお)す  (遠方への別れとなれば 涙が胸にこぼれる)
咫尺不相見  咫尺(しせき)にして 相見ざるは  (近くにいても 逢えないのであれば)
実与千里同  実は 千里と同じ (実際には 千里離れているのと同じことだ)

衆寮(しゅりょう): 禅寺で修行する衆僧の宿舎。
鐘板(しょうばん): 禅寺で食事の時間を知らせる時に打つ板。
紙硯を抱え: 「しけん」と振り仮名を振っている本もあるが、朗読なら「紙(かみ)と硯(すずり)」でないと意味が分からないでしょう。 今なら若い学生たちが有名人に色紙を持って来るみたいで、ちょっと微笑ましい場面。
庭掃きて: 禅寺に一泊した者は、寝所や庭を掃除してから寺を出るのが礼儀とされていた。
とりあえぬ様(さま)して: 既に草鞋を履いて出ようとしていたので、何の準備もなく即興で書きなぐった一句。

※曾良と離れて独りのように思われるが、加賀からはずっと北枝(ほくし)が同行しており、この後「天龍寺」での別れの段で始めて名前が出てくる。

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