2014年10月8日水曜日

53. 汐越の松

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【現代読み】
越前の境(さかい)、 吉崎(よしざき)の入江(いりえ)
舟に棹(さお)さして、 汐越(しおこし)の松を尋(たず)ぬ。

 終宵(よもすがら) 嵐に波を運ばせて
  月を垂(た)れたる 汐越の松   西行(さいぎょう)

此の一首にて 数景(すけい)尽きたり。
もし一弁(いちべん)を加うる者は、
無用(むよう)の指を 立つるがごとし。

【語句】
越前の境: これまでいた加賀(石川)から、越前(福井)の北の玄関口・吉崎(現:あわら市)の浜坂に来ている。
吉崎の入江: 現在の北潟湖(きたがたこ)。 石川と福井両県にまたがっている。

舟に掉さして、汐越の松を尋ぬ: 「奥の細道・菅菰抄」によると、
『吉崎の入江に、渡し舟あり(「浜坂の渡し」と云う)。此の江を西に渡りて、浜坂村に至る。それより汐越村を越え、砂山を五・六町行けば、高き丘あり。上平らかにして広く、古松多し。其の下は、外海の荒磯にて、岩の間々にも、亦(また)松樹あり。枝葉愛すべし。 此の辺りの松を、なべて「汐越の松」と云う(一木には非ず)。今も高浪(たかなみ)根を洗いて、類稀(たぐいまれ)なる勝景なり。』―とある。

「浜坂浦・明細帳」(安永二年)によると、「汐越松 五十七本」とあり、その内の十数本には、「こしかけ松」、「からかさ松」、「見とれ松」などの固有名詞が付けられていたようである。
ちなみに松林があった浜は現在ゴルフ場となっていて、一般の人は入れないらしい。→ PDF記事

夜もすがら 嵐に波をはこばせて: 西行に憧れていた芭蕉は、これまでにも西行ゆかりの地をあちこち訪ねているが、この句は西行の作ではないらしい。
一説によると、吉崎御坊(よしざきごぼう)を建立し、四年ほど吉崎にいた蓮如(れんにょ)上人の作と言われるが、それとて確証は無い。「奥の細道・菅菰抄」では、
『此の歌、世人多く西行の詠とす。翁も人口(じんこう:世間の言葉)に付て、かくは記し申されたるが、「西行山家集」、「家集」、其の外の歌集にも此の歌なし。因(ちなみ)て旁(あまね)く尋ね侍るに、蓮如上人の詠歌なるよし。彼宗の徒、皆云り。
今、蓮如山(吉崎山:海抜33m.ほどの丘で、その上に吉崎御坊があった)より北海を臨むに、此の歌の風情よく叶(かな)へり。』―とある。



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