2014年10月5日日曜日

56. 福井の等栽(後)

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【現代読み】
さては此の内(うち)にこそ と門(かど)を叩けば、
(わび)しげなる女の出(い)でて、

「何処(いづく)よりわたり給う道心(どうしん)の御坊(ごぼう)にや。
主人(あるじ)は此のあたり 何某(なにがし)と云う者の
方(かた)に行きぬ。 もし用あらば尋ね給え」

と云う。  彼が妻なるべしと知らる。
昔物語(むかし・ものがたり)にこそ かかる風情(ふぜい)は侍(はべ)れと
やがて尋ね会いて、 その家に 二夜(ふたよ)泊まりて、
名月は敦賀(つるが)の港に と旅立つ。
等栽も共に送らんと、 裾(すそ)おかしゅう からげて、
道の枝折(しお)りと 浮かれ立つ。

【語句】
道心の御坊: 「道心」は「仏道を信ずる心」で、「仏教徒のお坊さん」くらいの感じ。 (芭蕉は墨染めの衣で僧形をしていたので)
昔物語にこそ、かかる風情は侍れと: 「源氏物語:夕顔」にある、『昔物語にこそ、かかることは聞け』―を踏まえたもので、まるで源氏物語の一場面のような貧相な家を見て、そうした言葉を思い出したのでしょう。

名月は敦賀の港に: 曾良がいないので日付がはっきりしないが、この日が八月十一・十二日頃だとすると、旧暦八月十五日は「中秋の名月」だから、月見は敦賀でしよう、ということ。
道の枝折(しお)りと: 道案内をしようと。
『是は迷うべき道の傍らの木を押刊(おしけずり)、或は枝を折て、地に立てなどし、後に往来する人の道表(みちしるべ)となす事にて、和俗に是を「枝折(しお)り」とも「立木(たつき)」とも云う。今通行人の迷うべき道の傍らの木の枝に、紙などを結びつけて置くは、此の遺風也』(「奥の細道・菅菰抄」)

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